スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - |
<< 聊斎志異とは? | main | 耳中人 >>
考城隍
私の姉婿の祖父にあたる宋公は本県県学の生員(科挙試験受験資格有者の事)であった。
ある日病を患い床に伏せっていたとき、役人が召喚状を持ち、額に白い印のある馬を引いて尋ねてきた。すると、
「試験にお越し下さい。」
と言うので宋公は
「試験の年ではないのですが、おかしいですね?」
と言ったが役人はとにかく来るよう催促するばかりなので仕方なく馬に乗った。見たこともない道ばかりを辿って行くとまるで都のような大きさの街に辿りついた。
役所に入り壮麗な部屋に通されると正面に十人ばかりの役人が座っていたが、関帝を除いては見知った人はいなかった。
軒下の廊下には机が二つ並べてあってもう一方には既に先着の生員がついていたので宋公は空いた机についた。机の上には筆と答案用紙が置いてあった。
間もなく問題用紙が配られたが問題は
「一人二人、有心無心」
の二文だけであった。
二人は答案を書き役人に差し出した。
宋公の答案の中に
「心が有って善を行うのならば善と言えども賞せず、心が無くて悪を行うのならば悪と言えども罰せず」
とあるのを神たちは褒めそやした。宋公を御前に呼ぶと
「河南の一つ城隍に欠員があるので貴方を取り立てよう。」
と仰った。
宋公はこのときはっと悟り額を床につけて言った。
「勿体ない御召なのですが私には七十になる母がおります。私めが今いなくなると母の面倒を見るものがおりません。母が天寿を全うするまで待っていただけないでしょうか?」
一番上座にいる皇帝のような人が母の天命を調べる様に命じると、長い髭の役人が帳簿を持ってきて
「後九年残っております。」
と言った。
暫く神たちは相談していたが関帝が
「先に張を遣わし、九年たったら交代させたらいいのでは?」
と仰った。又、宋公に向かって
「本来なら直ちに赴任すべきだが、貴方の考の心に免じて九年だけ休暇を与えよう。来るべき日が来たらまた召還するだろう。」
隣の生員からも励ましの言葉を貰った。
二人は間もなく退席し、隣の生員は宋公を郊外まで送ってくれた。二人は握手を交わし、生員は自分の事を長山県の張なにがしだと名乗ってくれた。
彼は宋公へ送別の詩を贈ってくれたのだが残念な事に粗方忘れてしまった。ただ中に
“花有り 酒有り 常春有り
燭無く 灯無く 夜は自らが明るい”
と言う二文があったのは覚えている。
宋公が馬に乗って家に着くと同時にはっと目が醒めた。
既に宋公は息絶えて三日が経っていたが、母が棺の中で呻き声がするのを聞くと助け出され、半日すると喋られるようになった。
長山県に問い合わせてみるとその日張なにがしが死んだとの事であった。
それから九年が経ち、母は天寿を全うした。
宋公は母の葬儀を済ませると沐浴し、身罷った。
宋公の岳父が街の正門に住んでいたが、その日突然盛大な供を連れた宋公が訪れ、一礼すると立ち去った。
まさか彼が神になったとは知らない家の者たちは驚き、公の所在を訪ねると初めて彼が死んだのを知ったのである。

聊斎志異の中では割と普通(?)なお話。
個人的には、この話の主人公さんは悟りすぎだと思います…
この悟り具合が、神に選ばれたって事なのかな。
| 聊斎志異 | 03:05 | comments(0) |
スポンサーサイト
| - | 03:05 | - |
| | | |









Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< April 2017 >>